つれづれなるままに

モーニングノートの代わりに書いてます。主に今ハマってる事とか。最近はミニマリスト→心屋仁之助さん→MEC食など。昨年8月に脳腫瘍が見つかり、翌月手術しました。

『黒猫の三角』を読んで 森博嗣 著

ご無沙汰です。内地に引越したり色々やってるうちにあっという間に時が経ってしまいました;

こちらの夏は暑くて結構大変でした。(今は大分過ごしやすくなりましたが)
上の子は無事ダンナの母校に通い、下の子は以前少し通った園に行っています(バスで3駅ほどかかりますが)

本も割と読んでいるので久しぶりにレビューを書こうと思います。他にも色々読んだんですがとりあえず森さんのVシリーズを。

S&Mシリーズが見当たらなかったのでこちらを読みました。

色々ネタバレしてると思うので、大丈夫な方だけ読んでくださいね。






『S…』とはまた違う感じです。小鳥遊君という女装男子が出てきたので『working!!』のタカナシくんの元キャラなのかなと思いました。
紅子さんがとても魅力的です。万華鏡のような印象。
内容に関しては、…はっきり言って驚きました。そんなどんでん返しがあると思わなかったので。でもずっと伏線は張られていたので気づくひとは気づくと思います。私は大学を出ていないのでタイトルの意味も分からなかったけど、これも分かる人はいるんでしょう。
探偵の保呂草さんは文○ストレイドッグスの織○作みたいなイメージでした。

これはS&Mより後の作品みたいですが、何となくこちらの方が前のような印象です。
『全てがFになる』のイメージが鮮烈すぎて、あれを越えるものはなかなか無い気がします。
保呂草さんはまた出たらいいな、と思いました。

前も思ったけど、作者は殺人に対して一般的な考えに囚われない感じがします。
『やりたいからやる』とかそう言うのに肯定的というか、『親の仇だからやる』とか、そういう納得できそうな理由は不健全というかそれなら情状酌量の余地があるとかは全く関係ないと思っているというか…

殺人手順などは気になるけれど、理由には関心を持たないようです。S&Mの助教授もそんな感じでした。だから、話の中で犯人は見つかったら警察に捕まったり逃亡したら追ったりはするけど、
殺した事に関して登場人物が責めたり詰ったりはしていない。それがいいのか悪いのかよく分からないけど、『正義』や『悪』等は作者の中ではあまり重要では無い気がします。また次がとても楽しみです。

↑ノートにざっと書いたのをそのまま写してるので、また書き直すかもしれません。よかったら森さんの作品、読んでみてくださいー。

悩みがあるのはいいことだと思ったり。

またごぶさたしてます。なんかほんとに色々あって、なんとなく忙しいです。

手術後1ヶ月の記録をしようと思いつつ、時間が過ぎてしまいました。ごめんなさい。
2か月後のは紙に書いたので、またUPします。

11月後半に町の健康診断があって、血液検査とか色々あったんですけど、『聴神経腫瘍の手術をした』って言ったら検査してくれる方やお医者さんが『大変でしたね…』と口々に言ってくれました。

でも自分としては、8月後半から10月の退院まで怒涛の日々があっただけでその前後はほんとに以前は知らなかったし
手術後はもう治療済みなのでそれ以上は特に病院にしてもらう事がないという状態なので
(歩くと視界がぐらついたり左側がほぼ聞こえなくなったのはありますが)
それほど大変という自覚がないのですよね…

脳腫瘍という響き的にとても大変な病気な感じですが
私の場合脳ではなく聴神経(頭蓋骨の中にあるのは変わりませんが;)にできてましたし、脳は触らなかったようなので(まあ至近距離にあったと思いますが;)
頭の骨は外してまた閉じたりしましたが今はあまり問題なく生活しています。

まあ、脳腫瘍になってたと聞いたときは『何で私が』とか『死んじゃったらどうしよう』とかおろおろしたり大泣きしたりもしましたが、
ほぼ良性に違いないとか取ってしまえば脳や運動機能に影響はないと聞いて 安心して手術できたので本当にラッキーな方なんだろうなと思います。

悩む時間もあまりなく手術できたのもよかったと思います。
(見つかって1ヶ月後に手術しました。大がかりな手術なので普通は3ヶ月後とか半年とかもっと間があくんですが、
離島で大きな病院にすぐ行けなかったりする状況だったりあまり時間が経つと大きさ的に危ないので早くしてもらえました)

経過観察ができる大きさでなく3㎝強の、取らないと運動機能等に影響が出てしまう危ない状態だったので
サイバーナイフとかガンマナイフなどの選択もなく手術一択でしたし。

だから、病気で悩みがあるのは幸せなんだなと思いました。それは選べるって事だから。
死んだら選べないから。
『もう後寿命が1年です』って言われても、まだ時間があるから。
交通事故で一瞬で死んでしまったらもう悩めないんです。意識がなくなったら悩めるという事ができなくなるんです。
でもきっとなんて不幸なんだって悲観する状況かもしれない。でもそれは、そうやって悩める思考がまだできるってことです。死んだらほんとに何もできません。

なんか何が言いたいのかわからなくなってきましたが、悩んでても選択肢がいくつかあるっていうのは幸せな事だと思います。私が幸せかどうかは別にして。

もうすぐクリスマスですね。みなさん良いクリスマスをお迎えください。

退院後初のお出かけ。

こんにちは。いつも深夜に更新しています…。

今日はチョーナンの運動会に行ってきました。

本当は10/1だったんですが、こちらの地域はその日すごい雨だったらしく

午後は本当にバケツをひっくり返したような雨だったそうで、途中で中止になったそうです;

代わりに今日後半の応援団の応援合戦から始まりました。

今日はいい天気で、気温もいつも通り30度越えだったので←

ダンナが帰宅後日焼けした…と言っていました;


チョージョも本州にいる気分で長袖のTシャツを着せたので、途中から汗だくになっていました(^^;

後半だけだったのでお弁当もいらないので楽でよかったです←

でも天気がよすぎて、病み上がりの体にはちょっとハードだったみたいで

帰ってきてからまた寝込んでしまいました…。


チョーナンの学年は、ミニ綱引きと紅白リレーだけ参加種目があって

彼はけっこうがんばっていましたが 元々200点差位あったので

結局点差を越えられず負けてしまいました…。

でもみんな精一杯参加しているようだったのでよかったと思います^^


話は変わりますが、私はツ○ッターもやっていて、自分が聴神経腫瘍にかかったと知った時

新しくアカウントを作ったのですが 昨日そこで

小さい息子さんを3ヶ月位前に脳腫瘍で亡くしたお母さんを見かけまして…

たぶんその方とあまり年が変わらない感じだし、発症したのがご本人ではないんですが

自分がなるより子どもがかかったらよりお辛いだろうなと…まして亡くされてしまったなんてどれほど悲しいかと考えると

言葉をなくします…

何かリプライしたいなと思いましたがまだどう声をかけていいか分からないし

もう少し様子を見ようと思っています…。

私が2ヶ月前のようにまた家に戻れて、ご飯を食べたり子どもと話をしたりできるのは

本当に奇跡なのかもしれません…。


入院中の経過はまた少しずつ書いていきます…すみません;

退院&帰宅しました

こんにちは。またまたご無沙汰しています。

前回は入院の報告でしたが、20日に無事脳腫瘍の手術をして、27(28かも)日に抜糸、10/1に退院し

10/5に自宅に帰ってきました。

長かった…。

退院したら割と涼しくて 寒い…と思ったんですが、自宅のほうは緯度が低いので

今日帰宅したら暑かったです笑

とりあえず、チョージョと私が帰宅後最初にしたのはTシャツに着替える事でした。

 

経過をざっくり話すと上記のような感じですが

・手術は6時間予定→9時間半に延びて終わったのが10時半

・27日位の予定の抜糸が具合が悪くて1日延びた

・抜糸後いつでも退院できたけど結局迎えの都合やらなんやらで10/1の予定通り退院

・高額医療認定証を使いそこなって全額現金払いで支払いするのにめちゃめちゃ時間がかかった

 

とかありました・・・

帰宅して1日目なのでちょっといろいろ整理したりなんだりで時間を取られそうなので

また暇を見つけては時系列に書いていこうと思います。

 

 

あさって脳腫瘍の手術をします。

こんにちは。またまたご無沙汰です…。

脳腫瘍の事、ブログに書いたら嘘みたいにアクセス数が増えてびっくりしてます。

発症する確率が10万人に1人とか10人とか聞いたんですが、そんなにみんな興味あるんですかね…。

さて、1回家に戻ってなんやかんやして また12日の船で義実家にお世話になり

明日入院します。


どのくらい手術の時間がかかるのかとか 20日に手術だけど何時からなのかとか病院に問い合わせたけど

執刀する先生が木曜しかいなくて、朝かけ直したら夕方かけてといわれ、

最後は手が空かないからまた営業時間に先生がかけ直すと言うことで

その2日後の夜にやっとかけてきてもらい、色々聞けました。


聞いた事は以下です。

・手術は何時から? 

前日に決まるが、午後からになったので入院は1~1時半頃来院してほしい。

・何時間くらいかかるのか

たぶん6時間位。(これは開頭して状態次第で延びるかも←私の考えです)

・術後の経過観察はどのようにするか

島に在住なのでそれも考慮して2週間の入院と伝えている。
通常は退院して1ヶ月後くらいに念のため検診している、

・島の先生が村で経過を診てもいいと言っているがどうなのか

その後の経過の情報をもらえるならそれでも全然構わない。
また、村で診ているからといってこちらで検診をしないという事はないので安心してほしい。
(島の病院にCTはあるけどMRIは無い事は伝えられず)

・どの位で日常生活を送れるか

人によるが、退院して家に1週間くらいいれば問題ない。
10月上旬までこちらにいてくれれば、こまめにアドバイスする事はできる。
あまり用事をつめこまない方がいいとは思う。

という事らしいです。

電話を切った後に気づいたんですが、MRIの写真やCD-ROMを入院時に持っていった方がいいのかどうか聞くの忘れた…;

(重いんですけど必要なら持っていかないとなと思って)

入院の持ち物は、入院の前営業日に担当から電話が来ると言っていましたが

島を12日に出るのでその前日に問い合わせて教えてもらいました。

(そんなにたくさんはなかったです。洗濯機や乾燥機もあるらしいので)

4人部屋なので追加料金もかからないみたいです。


そうそう、入院費なんですが、概算を聞いたら 約2週間の入院で

60万後半~80万位かかるそうです…!

(もうびっくり…)

なので、限度額適用認定証を9月末までに病院に持ってきてと言われました。

(9/19~10/1位までなので月をまたいでしまうので)

入院は月を跨がないようにした方がいいですよ…;

(この病気で知り合った人も、7/30~入院と言われてがっかりしたそうです…)

とりあえず昨日のうちにだいたい支度を終わらせたので

明日お昼前くらいに出かけてちょっと入院してきます~

今のところ症状はあまり変わらず。朝頭が重かったりうっすら痛いような気がしますが

スマホの見すぎかもしれません←

前後しますが、帰島して島の病院に行った時の事も後ほど書きますね。

いやー退院後の自分がどうなってるのか想像できないわー。

色々思うことはあるけれど、私がどうこうできる事ではないので

体調を整えて、手術を受けてきます。行ってきます。

ステージ4の大きさでした。

こんにちは。またごぶさたです。

脳腫瘍ですが、聴神経腫瘍という聴神経にできる腫瘍でした。
脳の方にはできていませんでしたが 35mmの大きさで、他の病院でもすぐとった方がいいと言われました。

セカンドオピニオンは脳腫瘍の手術の名医と言われる先生に診てもらいましたが
聴力検査の結果を持たずに行ったので
『左耳ほとんど聞こえないんでしょう?なら全部取っちゃえ』と、全摘出(左耳が聞こえなくなる)を提案されて、
診察後 待合室でショックでしばらくボーッとしてしまいました。

とりあえず、島にももう帰らないとなので手術する所をどこにしようかとダンナと話し合い、
最初に受けた聴神経を残してやってくれると言った病院にお願いしました。(実際開頭して、残せなそうなら取ってしまうとは思いますが…)

船が台風で9/1の便が欠航してハラハラしてたけど、2日に出ると船舶会社から電話がきて本当にホッとしました。

チョーナンは9/1に台風で学校が休みで、一人で家にいて昼すぎに停電になり、怖くなって泣きながら大嵐の中ダンナの職場に行ったそうです。。

私が早く帰っていればそんな事にはならなかったのにと思うと可哀想で…;

でもまた手術で本州に来て、2週間くらい入院して戻ると
10/1くらいになるから、もしかしたらチョーナンの運動会を見に行けないかもしれません…

たぶんこの島では最後の運動会だから残念ですが、早めに手術したいなと思うのでしょうがないのかなと思います。

ちなみに、9月後半に手術予定を入れました。
無事に済むといいな…
後遺症で顔面麻痺とか片耳失調とか頭痛とか色々あるみたいなので…;

でもこのままだと脳をもっと圧迫して 運動機能などに支障が出るので、摘出が1番いいみたいです。
先生にもうおまかせして、全快を祈るしかないみたいです。
なので、がんばって入院してきます!

脳腫瘍の話の続き。

すみません、紹介してもらった病院の事を書いていませんでした;24日に行った所の話です。

そこは、離島の人でも受け入れてくれる所で、そこで約3cmあるって言われたんです。
手術ももしかして4月に本州に帰ってくるからその時やろうと思ってたんですが、『そんなに待ってたら危ない』って言われて。

もうね、びっくりですよ。小さいって聞いてたのでそんなに大したことないのかなって思ってたから。

その後、先生が手術に関して色々説明してくれてたけど、あんまり覚えてません。(ダンナが代わりに聞いててくれたみたいです)

『9月後半か10月前半くらいにはやった方がいいですね』って言われたので、ちょっと他のところでも聞いてみたいから少し待っていただいてもいいですかってお願いしました。

そしたら、『もう迷う(時間の)余裕はあまりないけど、もしここで手術するのか 他でやるのか決まったら、僕の所に電話をしてください。
脳外科の○○にって言ってくれたら毎週木曜ならいますから、繋がるようにしておきますので。』と、電話番号を紙に書いてそれをもらいました。

その後ダンナとどうするか話をしたんですが、ダンナが何だかだんだん怒りはじめて、道の真ん中で言い合いをして、最後に私は泣き崩れてしまいました。

本当に怖かったんです。頭を開けて手術するなんて…(自覚症状もほとんどなかったし)

結局その日はそのまま義実家に帰って
セカンドオピニオンは28日に行く事にしました。

なのでダンナとチョーナンは先に帰り、私とチョージョは1便遅れて戻ることにしました。(続きます)